OBSERVATION NOTE / MDFOOB-HU
AI時代の海底ケーブル覇権 ― Google・Metaと仏米日3社の三層構造
AI・クラウド時代の国際帯域、海底ケーブル製造・敷設能力、国家許認可の三層構造から、日本の戦略的位置を整理します。
1. 結論
この記事の本質は、単純に「GoogleやMetaが世界の海底ケーブルを支配している」という話ではない。
より正確には、海底ケーブル産業は次の3層に分かれている。
| レイヤー | 主な主体 | 握っているもの |
|---|---|---|
| 需要・容量レイヤー | Google、Meta、Amazon、Microsoft | 国際帯域需要、IRU、ファイバペア、容量配分 |
| 製造・敷設レイヤー | ASN、SubCom、NEC/OCC | ケーブル、光中継器、敷設、保守技術 |
| 国家レイヤー | 米国、日本、中国など | 陸揚げ許可、規制、安全保障審査 |
AI時代に入って大きく変わったのは、主に第1層である。
Google、Meta、Amazon、Microsoftなどのハイパースケーラーが、従来の「回線を借りる顧客」から「自ら長期容量を確保し、場合によってはケーブル自体の所有主体になるプレイヤー」へ移行した。
一方、実際に海底ケーブルを設計・製造・敷設できる能力は依然として少数企業に集中している。
2. 国際帯域の主役は通信会社からクラウド企業へ移った
TeleGeographyによると、2025年時点ではGoogle、Meta、Microsoft、Amazonなどのcontent/cloud providerが、世界の使用済み国際帯域の約75%を占める。
2010年頃にはこの比率はほぼゼロに近く、国際通信の大部分は従来型通信キャリアが担っていた。
つまり約15年間で、
通信キャリア中心の国際通信 ↓ クラウド・コンテンツ企業中心の国際通信
へと需要構造そのものが逆転した。
特に大西洋横断や太平洋横断などの主要ルートでは、クラウド・コンテンツ企業が使用帯域の80%以上を占めるケースもある。
これはインターネットの「物理的なバックボーン」の需要主体が変わったことを意味する。
3. GoogleやMetaは海底ケーブルメーカーではない
GoogleやMetaは海底ケーブルプロジェクトに巨額の資金を投入し、ルートや容量を確保できる。
しかし、それは「ケーブルを自社で製造できる」ことを意味しない。
海底ケーブルシステムでは、単なる光ファイバー以外にも、
- 数千〜1万km規模の高信頼性光ケーブル
- 海底光中継器
- 電力給電システム
- 海底地形の測量
- ケーブル敷設船
- 陸揚げ局
- 数十年間の保守
- 障害時の深海修理
などが必要になる。
このため、資金力だけで短期間に参入することは難しい。
GoogleやMetaが担うのは主として、
- 資金調達
- 投資判断
- ルート選択
- ファイバペアや容量の取得
- 完成後のネットワーク利用
であり、物理システムの製造・敷設は専門企業へ発注される。
4. 仏米日3社が「92%」を握るという数字の意味
経済産業省資料では、2011〜2024年に敷設された海底ケーブルの累計距離ベースで、主要供給企業のシェアは次のように整理されている。
| メーカー | 国 | シェア |
|---|---|---|
| Alcatel Submarine Networks(ASN) | フランス | 40% |
| SubCom | 米国 | 31% |
| NEC | 日本 | 21% |
| HMN Technologies | 中国 | 8% |
ASN、SubCom、NECの3社合計は92%となる。
ただし、この92%は「全時点・全案件の恒久的世界市場シェア」という意味ではなく、特定期間の敷設距離累計に基づく数字である。
したがって「世界の海底ケーブル92%を永久に3社が支配」という読み方は強すぎる。
それでも、長距離海底ケーブルをフルターンキーで供給できる企業が極めて少ないという構造自体は重要である。
5. 日本のNEC・OCCは重要な戦略資産
日本は海底ケーブルを大量に利用する国であると同時に、海底ケーブルを製造する国でもある。
NECは世界3大サプライヤーの一角を占め、OCCはその重要な製造基盤を担っている。
これは日本にとって非常に大きな意味を持つ。
AI時代のインフラは、
GPU ↓ 電力 ↓ データセンター ↓ 陸上光ネットワーク ↓ 海底ケーブル ↓ 陸揚げ局
という連続した物理基盤で構成される。
したがって、海底ケーブル製造能力は単なる通信産業の一分野ではなく、AI・クラウド・防衛・経済安全保障を支える基盤技術となる。
NEC/OCCは、日本が世界規模で競争力を持つ数少ないデジタル物理インフラ分野のひとつと評価できる。
6. Googleの日本投資
Googleは2024年、日本と海外を結ぶ新たな海底ケーブルへの約10億ドル規模の投資を発表した。
代表的な計画が、
- Proa
- Taihei
である。
ProaではNECが重要な役割を担う。
構造としては、
Google ↓ 資金・需要・ネットワーク設計
NEC ↓ 製造・システム構築
日本 ↓ 陸揚げ・国内ネットワーク接続
という分業になる。
これは「所有・需要」と「製造」が別レイヤーに存在することをよく示している。
7. Metaも巨大海底インフラ事業者へ
Metaの代表例が2Africaである。
2Africaはアフリカ大陸周辺を大規模に結ぶ海底ケーブルシステムで、約45,000kmに及ぶ。
MetaはさらにWaterworthを発表し、5大陸をまたぐ約50,000km超のケーブルシステムを計画している。
Metaはもはや単なるSNS企業ではない。
SNS ↓ 広告 ↓ クラウド・AI ↓ グローバル通信インフラ
へと垂直統合を進めている。
ただし、Meta自身が工場でケーブルを製造しているわけではない。
ここでも物理製造は海底ケーブル専門企業へ依存する。
8. AWSも単独海底ケーブルへ
Amazon Web Services(AWS)も同じ方向へ進んでいる。
AWSは米国メリーランド州とアイルランド・コークを結ぶFastnetを発表した。
設計容量は320 Tbps超とされ、2028年のサービス開始が計画されている。
背景には、
- AIトラフィック
- クラウドリージョン間通信
- ネットワーク冗長性
- 大容量データ転送
への需要がある。
AI時代には、
計算資源を所有する だけでなく、 計算資源同士を結ぶネットワークも所有・長期確保する
ことが競争力になり始めている。
9. 「AI学習には海底ケーブルの低遅延が必要」は少し注意
記事の説明で注意すべき点がある。
巨大LLMの学習ではGPU間に極めて高速な通信が必要になるため、通常は同一データセンターまたは近距離データセンター間で実施する。
NVLinkやInfiniBand、Ethernetなどの低遅延ネットワークが中心である。
大西洋や太平洋を挟んでGPUをリアルタイム同期する場合、光速による物理的遅延だけでも数十ms規模となり、学習効率が大きく低下する。
したがって、AIによる海底ケーブル需要は、
- モデルデータの配布
- AI推論サービス
- クラウドリージョン間通信
- checkpoint転送
- ストレージ複製
- disaster recovery
- AIサービスの世界配信
などの需要として理解する方が正確である。
AIが海底ケーブル需要を押し上げていること自体は妥当だが、「世界中のGPUを海底ケーブルでリアルタイム同期して学習する」という理解は適切ではない。
10. 最大の物理チョークポイントは陸揚げ局
海底ケーブルは海底に敷設するだけでは通信網にならない。
必ずCable Landing Station(陸揚げ局)へ接続する必要がある。
構造は、
海底ケーブル ↓ 領海 ↓ 海岸 ↓ 陸揚げ局 ↓ 国内バックボーン ↓ データセンター
となる。
ここで重要なのが国家主権である。
公海・EEZでは海底ケーブル敷設の自由度が比較的高くても、陸揚げ局は国家領域に存在する。
したがって政府は安全保障上の理由から、特定企業や特定国が関与するケーブルの陸揚げを拒否できる。
このため、
海底ケーブル所有権 ≠ 自由に世界へ接続できる権利
である。
AI時代の国際通信は企業だけでは完結せず、国家の許認可が最終的なゲートになる。
11. 修理船も隠れた戦略資産
海底ケーブルは常に障害リスクにさらされている。
代表的な原因は、
- 漁業
- 船舶の錨
- 海底地震
- 海底地滑り
- 火山活動
- 意図的破壊
などである。
障害時には、
- 障害地点を特定
- 修理船を派遣
- 海底からケーブルを引き上げ
- 損傷部分を切断
- 新しいケーブルを接続
- 再び海底へ敷設
する必要がある。
したがって本当の海底インフラ能力は、
ケーブル製造 + 敷設船 + 修理船 + 保守拠点
まで含めて評価する必要がある。
12. 次の技術革新はSDMとマルチコア
海底光通信ではWDM(波長分割多重)によって、1本の光ファイバーに多数の波長を流して容量を増やしてきた。
しかし、1本のコアに詰め込める情報量には物理的限界がある。
そこで重要になるのが、
SDM(Spatial Division Multiplexing:空間分割多重)
である。
さらにマルチコアファイバーでは、1本の光ファイバー内部に複数のコアを形成する。
従来:
1本のファイバー → 1コア
マルチコア:
1本のファイバー → 複数コア
NECなどは4コアのマルチコアファイバーを用いた長距離海底伝送で、約1.7 Pbit/s級の容量可能性を実証している。
これは従来型海底ケーブルの数百Tbps級から、将来的にPbps級へ移行する可能性を示す。
AI・クラウド需要の増加を考えれば、この技術は今後の海底ケーブル競争の主要テーマになる。
13. 北極海ルートという新しい地政学
Far North Fiberは、日本と北欧を北極海経由で結ぶ新たな海底ケーブル計画である。
計画距離は約14,000km級、RFS(Ready for Service)は2029年を予定している。
現在、日本と欧州を結ぶ通信は主として、
日本 → 太平洋 → 北米 → 大西洋 → 欧州
または、
日本 → 東南アジア → インド洋 → 紅海・地中海 → 欧州
などの経路を利用する。
北極海ルートが実現すれば、
日本 → 北極海 → 北欧
という第三経路が成立する。
これは、
- 遅延短縮
- 経路冗長化
- 地政学的分散
- 災害・紛争時の耐障害性
という意味を持つ。
単なる「新しいケーブル」ではなく、日本―欧州間通信の地理そのものを変える可能性がある。
14. 色付けアラート
| 評価軸 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| 普通度 | 🔴 かなり異例 | 国際帯域の需要主体が通信キャリアからハイパースケーラーへ歴史的に交代 |
| 信頼度 | 🟢 確からしい | TeleGeography、METI、Google、Meta、AWS、NEC等の一次情報で主要点を確認可能 |
| 安全度 | 🟡 やや危ない | ケーブル、陸揚げ局、修理船への集中が地政学的チョークポイントになる |
| 発展性 | 🟢 発展性あり | AI、SDM、マルチコア、北極海ルートで今後も大規模投資が続く可能性が高い |
15. 2030年代の5段階シナリオ
| Scenario | 内容 | 推定確率 |
|---|---|---|
| S5 | SDM・マルチコアが急速に普及し、日本がNEC/OCCを軸に世界供給シェア30%級へ拡大 | 15% |
| S4 | ハイパースケーラー投資が継続し、日本が主要製造拠点・供給国として存在感を維持 | 40% |
| S3 | 米欧日中の技術・通信圏のブロック化が進み、地域別ケーブル網が並立 | 30% |
| S2 | 地政学的緊張や破壊工作により、ケーブル建設・保守・保険・規制コストが急増 | 12% |
| S1 | 大規模紛争により主要海底ケーブルが戦略的攻撃対象となり、国際通信が大規模に分断 | 3% |
中心シナリオはS4と考える。
AI需要に伴う国際帯域増加は今後も継続する可能性が高く、その際、Google・Meta・Amazon・Microsoftなどが容量・所有レイヤーで影響力を強める一方、NECを含む専門メーカーの製造能力も引き続き不可欠になる。
16. CGTA総括
このテーマで最も重要なのは、
Google・Meta・Amazonが「需要と容量」を握り、ASN・SubCom・NECが「物理製造」を握り、国家が「陸揚げ」を握る。
という三層構造である。
AI時代のインフラをGPUやデータセンターだけで考えるのは不十分である。
実際には、
半導体 → 電力 → データセンター → 陸上光通信 → 海底ケーブル → 陸揚げ局 → 各国ネットワーク
という物理的なサプライチェーン全体がAIインフラになる。
この中で日本は、海底ケーブルを大量に利用する「依存側」であると同時に、NEC/OCCを通じて世界の海底通信インフラを造る「供給側」でもある。
NECの約21%という製造シェアは単なる企業業績上の数字ではなく、日本がAI・クラウド時代に保持している重要な経済安全保障カードと評価できる。
参考情報・出典
- TeleGeography, *The Economics of Submarine Cables*
https://resources.telegeography.com/the-economics-of-submarine-cables
- TeleGeography, *Used International Bandwidth Reaches New Heights*
https://resources.telegeography.com/used-international-bandwidth-reaches-new-heights
- TeleGeography, *Content Providers' Submarine Cable Holdings*
https://resources.telegeography.com/telegeography-content-providers-submarine-cable-holdings-list-new
- 経済産業省 半導体・デジタル産業戦略関連資料
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/conference/semicon_digital/
- NEC, *World’s First Long-distance Transmission of 1.7 Petabits per Second over Multi-core Fiber*
https://www.nec.com/en/press/202203/global_20220328_01.html
- Google Cloud, *Pacific Connect initiative / Japan connectivity investment*
https://cloud.google.com/blog/ja/products/infrastructure/pacific-connect-initiative-to-expand
- Meta Engineering, *2Africa core system completion*
https://engineering.fb.com/2025/11/17/connectivity/core-2africa-system-completion-future-connectivity/
- Meta, *Project Waterworth*
https://about.fb.com/
- Amazon / AWS, *Fastnet transatlantic subsea cable*
https://www.aboutamazon.com/news/aws/transatlantic-subsea-cable-us-ireland-fastnet-aws
- Far North Fiber
https://www.farnorthfiber.com/
Fact Check Note
- 「仏米日3社で92%」は、経済産業省資料に示された2011〜2024年の敷設距離累計ベースの数値として扱うべきで、全期間・全指標で恒久的に92%を意味するわけではない。
- AI需要が海底ケーブル投資を押し上げていることは妥当だが、大規模LLM学習のGPU同期そのものを大洋横断海底ケーブルで行うという理解は単純化しすぎている。
- AIにおける海底ケーブル需要は、推論、クラウドリージョン間通信、モデル配布、ストレージ複製、バックアップ、サービス配信などを含めて評価するのが適切である。