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OBSERVATION NOTE / MDFOOB-HU

BIS『ステーブルコインは決済の主役になれない』を検証―トークン化預金との役割分担

BIS総支配人の講演とFSI報告書を検証し、ステーブルコインとトークン化預金の役割分担、通貨主権への影響を整理します。

サマリー

BISの主張は、ステーブルコインを全面否定するものではない。正確には、現在のステーブルコインは、通貨として必要なシングルネス、相互運用性、金融上のインテグリティを十分に満たしておらず、日常決済と銀行間決済の中心にはトークン化預金を置くべきだという役割分担論である。

一方、BIS自身も、複数銀行・複数国をまたぐ相互運用可能なトークン化預金の実用基盤はまだ存在せず、24時間即時移転が銀行取り付けを速める可能性を認めている。したがって、これは完成したトークン化預金が既存ステーブルコインに勝ったという話ではなく、将来のデジタル通貨インフラを、銀行中心とパブリックチェーン中心のどちらに寄せるかという制度設計競争である。

基準日:2026-08-31 JST

記事の概要

国際決済銀行(BIS)のパブロ・エルナンデス・デ・コス総支配人は、2026年8月28日のジャクソンホール経済シンポジウムで、次世代のデジタル通貨について次の役割分担を提示した。

領域BISが想定する中心的な通貨
国内の日常決済トークン化預金
銀行間・大口決済トークン化預金と中央銀行準備金
国際銀行間決済相互運用可能なトークン化預金
DeFi・暗号資産取引厳格に規制されたステーブルコイン
投資・価値保存投資商品として明確化されたステーブルコイン

BISは、中央銀行マネーと商業銀行預金からなる現在の二層通貨制度を維持できる点で、トークン化預金を高く評価する。その一方、ステーブルコインについても、DeFiなどの専門用途で共存できるとしている。

見出しはやや強すぎる

記事見出しの「ステーブルコインは決済の主役になれない」は、BISの発言をやや強く言い切っている。

BISの正確な表現は、現在のステーブルコインは通貨の基礎的性質を「まだ」十分に備えておらず、大規模な決済手段になるには複数の課題を解決する必要がある、というものだ。強制力のある額面償還、十分な準備資産、流動性支援、破綻処理、チェーン間の決済確定性、AML/CFT体制などが整えば改善する余地を残している。

したがって、BISはステーブルコインの消滅を求めているのではなく、銀行預金を決済の基幹通貨、ステーブルコインを補完的・専門的通貨として位置付けようとしている。

BISが重視する通貨の3条件

1. シングルネス

シングルネスとは、同じ通貨単位で表示された貨幣が、発行主体にかかわらず額面どおり交換できる状態である。

銀行預金の場合、A銀行の1ドルとB銀行の1ドルの差額は、最終的に中央銀行準備金を通じて決済される。一方、USDTからUSDCへ移る場合は市場で交換する必要があり、価格差、手数料、流動性不足が発生する可能性がある。制度上「1 USDT=1 USDC」が常時保証されているわけではない。

ただし、銀行預金にも銀行固有の信用リスクは存在する。預金保険、中央銀行流動性、銀行監督、破綻処理制度があるため、平時には各銀行の預金が同じ通貨として扱われているのである。

2. 相互運用性

同じUSDCでも、Ethereum、Solana、Base、Cardanoなどでは異なるネットワーク上の資産として存在する。ネイティブ発行でない場合にはブリッジやラップド資産へ依存し、ハッキング、償還対象外、流動性分断、スマートコントラクト障害などのリスクが生じる。

もっとも、トークン化預金も現状では銀行・プラットフォーム別の閉じた台帳に分断されている。BIS自身が、複数銀行・複数法域にまたがる相互運用可能なトークン化預金のエコシステムは、まだ実現していないと認めている。

つまり、ステーブルコインは「既に利用されているが分断されている」のに対し、トークン化預金は「制度的には統合しやすいが、統合基盤が未完成」という違いである。

3. Financial integrity

記事では「金融健全性」と訳されているが、BISのいう *financial integrity* は、主としてAML/CFT、制裁執行、本人確認、不正資金追跡など、金融犯罪対策上のインテグリティを指している。自己資本比率などの財務健全性とは意味が異なる。

自己管理型ウォレット間の取引では、銀行口座のように全利用者へKYCを実施する主体が存在しない。このためBISは、規制銀行の口座基盤で運用されるトークン化預金の方がAML/CFTを適用しやすいと評価する。

しかし、これは自己管理型ウォレットが違法という意味ではない。本人確認、制裁対応、利用者のプライバシー、自己保管、検閲耐性をどのように両立するかが未解決なのである。

預金流出はどのように銀行へ影響するのか

利用者が銀行預金をステーブルコインへ交換しても、必ず銀行システム全体から同額の資金が消えるわけではない。影響は発行体が準備資産を何で保有するかによって変わる。

ステーブルコインの準備資産銀行・金融市場への主な影響
銀行預金個人の小口預金が発行体の大口預金へ移り、資金が集中する
短期国債安定した預金調達が弱まり、短期国債への需要が増える可能性がある
中央銀行準備金民間銀行から準備金が流出し、銀行流動性が低下する可能性がある
レポ・MMF短期金融市場との連動が強まり、ストレス時の連鎖リスクが増える

重要なのは、小口預金が金利や安全性に敏感な大口資金へ置き換わる点である。発行体が資金を一度に移動させれば、銀行は高い金利で預金を引き留めたり、市場から高コストで調達したりする必要が生じる。貸出金利の上昇や、地方銀行・中小企業融資への圧力につながり得る。

ただし、BISの講演は悪影響だけを示しているわけではない。ステーブルコイン発行体が短期国債を購入すれば、国債利回りを押し下げて政府の財政余地を拡大する可能性もある。BISのモデル分析では、銀行貸出への逆風と財政面の追い風を合わせた経済全体への純効果は、総じて小さいとされている。

したがって、現時点で「ステーブルコインが普及すれば銀行融資が大幅に縮小する」と断定することはできない。

通貨主権とデジタル・ドル化

米ドル連動ステーブルコインが通貨の弱い国で普及すると、次の順序でデジタル・ドル化が進む可能性がある。

  1. 自国通貨からドルステーブルコインへ資産を退避する。
  2. 貯蓄の中心がドル建てになる。
  3. 商品・サービスの価格がドル建てで表示される。
  4. 給与や商取引の決済もドルへ移る。
  5. 自国の政策金利や通貨供給政策が効きにくくなる。

これは新興国や高インフレ国の政府にとって通貨主権上のリスクである。一方、利用者側から見れば、通貨下落や資本規制から資産を守る手段にもなる。BISが守ろうとする国家の通貨主権と、個人が求める通貨選択の自由は、必ずしも一致しない。

FSIが指摘する規制の抜け穴

BIS傘下の金融安定研究所(FSI)は、ステーブルコイン発行会社だけに業務制限を課しても、非銀行グループが関連事業を別会社へ分離することで、規制を事実上回避できる可能性を指摘した。

例えば、発行、準備資産運用、取引所、レンディングを別々の子会社へ配置すれば、発行会社単体は安全に見えても、企業グループ全体では高いリスクを抱える可能性がある。銀行グループには連結監督が存在する一方、非銀行発行体には同等のグループ監督がない法域があるため、FSIは特に大規模発行体についてグループ単位の監督を提案している。

米国とBISの戦略比較

米国とBISの対立点は、単なる技術の優劣ではなく、誰をデジタル通貨制度の中心に置くかである。

観点米国のステーブルコイン政策BISのトークン化預金構想
中心主体民間ステーブルコイン発行体規制銀行・中央銀行
国際戦略ドル圏の拡大各国の通貨主権維持
主な基盤パブリックチェーンを含む許可型・統合型台帳を重視
裏付け現金、預金、短期米国債等銀行預金と中央銀行準備金
DeFi接続容易現状では限定的
銀行制度との関係預金流出を起こし得る現行二層制度を維持しやすい
自己管理・プライバシー実現しやすいが規制が難しい管理しやすいが監視性が高い

米国のGENIUS法は2025年7月18日に成立し、決済用ステーブルコインに1対1の準備資産などを要求する。米財務省は2026年に、州規制の同等性、AML・制裁遵守、米国内での発行・販売、外国発行体の取扱いなどに関する規則案を段階的に公表している。

ファクトチェック

記事の主張判定補足
BISは現在のステーブルコインを大規模決済に不十分と評価正確「現状ではまだ不十分」であり、永久に不可能とは述べていない
トークン化預金を決済の中心に据える正確BISが示す望ましい将来像であり、既に実現済みという意味ではない
ステーブルコインは通貨の3条件を満たさない概ね正確*financial integrity* は主にAML/CFT上のインテグリティを指す
預金流出によって銀行融資が減る可能性として正確影響は準備資産の構成による。BISモデルの純経済効果は総じて小さい
2026年4月初旬の市場規模は約3,150億ドルBIS資料と一致米国の銀行預金約8兆ドルと比べれば小さい
2025年の年間取引量は約35兆ドルBIS資料と一致実体経済の決済関連フロー推計は約3,900億ドルにとどまる
非銀行発行体にはグループ監督の抜け穴がある正確FSIが明確に指摘している
ステーブルコインは決済の主役になれない誇張気味正確には、現状では主役に適さず、将来は専門用途で共存するという主張

記事の総合評価は85点とする。BISとFSIの主張はおおむね正確に紹介されているが、見出しが断定的で、BISが認めるステーブルコインの改善余地、財政面の追い風、トークン化預金側の未完成性が弱くなっている。

2030~2035年の5段階シナリオ

以下は2026-08-31時点の制度・技術動向をもとにしたCGTAの推定であり、確定的な予測ではない。

シナリオ推定確率2030~2035年の姿
S5:統合型ハイブリッド通貨圏15%トークン化預金、ステーブルコイン、CBDCが相互運用し、選択的開示でプライバシーとAMLを両立する
S4:役割分担型の共存40%国内決済は銀行預金、国際送金・DeFi・RWA決済は規制ステーブルコインが担う
S3:地域別に分裂25%米国・新興国ではドルステーブルコイン、欧州・日本では銀行型トークン化預金が優位になる
S2:銀行中心への回帰15%大規模事故や取り付けを契機に規制が強化され、ステーブルコインは暗号資産内部へ限定される
S1:ステーブルコイン危機5%大手発行体の破綻や準備資産問題からペッグが崩れ、世界的な利用制限へ進む

最も可能性が高いのはS4である。ステーブルコインは銀行預金を完全に置き換えにくい一方、トークン化預金もDeFiのオープン性、自己管理性、グローバルな24時間利用を完全には再現できないからである。

Cardano・Midnightへの含意

BISの方針はCardanoにとって単純な逆風ではない。今後重要になるのは、次の機能である。

  • 規制された法定通貨ステーブルコイン
  • 銀行発行トークンとの相互運用
  • ネイティブ資産間の安全な交換
  • 発行体、準備資産、償還権のオンチェーン証明
  • AML対応と利用者プライバシーの両立

特にMidnightの選択的開示技術は、BISが問題視する自己管理型ウォレットのAML/CFTと、利用者が求めるプライバシーの間を埋める候補になり得る。

ただし、これは将来の可能性である。2026-08-31時点で、CardanoまたはMidnightがBIS準拠の銀行決済基盤として採用された事実は確認できない。

結論

このニュースの本質は、ステーブルコイン対トークン化預金の単純な勝敗ではない。

中心的な問いは、中央銀行、商業銀行、民間発行体、パブリックチェーンの間で、誰が最終決済、流動性供給、本人確認、破綻処理、プライバシーを担当するかである。

BISは銀行・中央銀行を核とする既存の二層通貨制度にトークン化を取り込もうとしている。一方、米国は民間ステーブルコインを通じてドル圏をパブリックチェーン上へ拡張しようとしている。2030年代に有力なのは、一方が他方を完全に排除する姿ではなく、国内の基幹決済をトークン化預金、国際送金・DeFi・RWAを規制ステーブルコインが担うハイブリッド型である。

出典・情報源

  1. Bank for International Settlements, Pushing the monetary frontier: stablecoins and tokenised deposits, 2026-08-28.
  2. Financial Stability Institute, Regulating stablecoin issuance: permissible entities and activities - FSI Briefs No 33, 2026-08-27.
  3. Bank for International Settlements, Stablecoins: framing the debate, 2026-04-20.
  4. U.S. Department of the Treasury, Report to the Secretary of the Treasury from the President's Working Group on Digital Asset Markets, 2025-07-30.
  5. U.S. Department of the Treasury, Treasury Seeks Public Comment on GENIUS Act Proposed Rulemaking, 2026-08-17.
  6. BITTIMES, BIS「ステーブルコインは決済の主役になれない」預金流出・主権リスクを指摘, 2026-08-31.
  7. 「⭕️Cardano_epoch.pdf」ユーザー提供資料。Epoch 652の期間確認に使用。

注記

  • 将来シナリオの確率はCGTAによる推定であり、投資助言ではない。
  • 金融制度・法規制は変更されるため、実務判断では各国の当局資料および専門家に確認すること。
  • 添付の「houkokusyo.pdf」は耐量子計算機暗号への移行に関する報告書であり、本稿のステーブルコイン論点とは直接関係しないため、本文の根拠には使用していない。